東方と艦これ

最近は本当に艦これの絵をよくpixivで見かけるようになった。
フォローしていた東方の作家さんたちも、かなりの割合でかんこれのキャラクターの絵を上げ、
新刊が艦これ本だったりする

そんななか最近、「東方警察」という言葉を聞いた。
なんでも、「艦これに寝返ったサークルリスト」みたいなものを作ったり

これまで東方をやってきて、新しい流行のジャンルが出てきたらころっと寝返る。
サークルの「裏切り」に容赦しない
おまえの今までの東方愛は、なんだったんだ、嘘だったのか、
ということだ


逆に、サークルの側としては、こんな意見を見かけた
同人は、自分の描きたいキャラで、自分の妄想とか思いとかを自由に形にしたい、
そういう作りたい欲望で本を作っている。

何を好きになるか、複数のジャンルを好きになるか、
それは、他人に決められる事ではない、

一般の人で例えれば、俺妹が好きな人は、俺妹しかアニメみちゃいけないのか、
SAO好きになったら、叩かれるのか

好きになっただけでなく、原稿を描くという努力をしただけで、
なんで叩かれなければならないのか。


やっぱり僕自身も
表現は、自由にさせてほしいと思う。


ところで、なぜあんなにかんこれが憎くなってしまうのか。

やっぱり、「かんこれが東方に取って代わる」
と言う事への懸念があるのだとおもう。

ようは、「東方が終わる」
ことが怖い


東方は、自由な世界だった。
意図的か、曖昧に設定されたキャラクタは
広い発想の可能性をうんだ。

また、メディアが漫画、音楽・・などと幅が広く、
様々な形の表現者が、一つのジャンルで自分の思いを形にした。

こんな素晴らしい場というのは、僕自身初めてだった。
みんなで世界をつくる、そういう特異なコンテンツだった
本当に楽しい、本当に心地よい



かんこれは凄いブームになっている。
東方作家はどんどん艦これを書いている、
じゃあ、艦これは東方にとってかわることができるのか。

僕は、出来ないと思う。

艦これは、東方の実現した自由を、多分実現することはできない。


東方という舞台は、権利者が権威的に支配する可能性がない、
安心して表現活動ができることが前提されていた。

オープンなコンテンツ、神主は意図してやったのだと思う。
僕は、偉大だと思う。


艦これは、
某、巨大コンテンツホルダーの所有物として始まっている
絶対的な権利者が、いつでも、同人界隈の祭りを終わらせる事ができる。

その許しの元で、やってゆくしかないのだ。


東方に代わり得るものがあるとしたら、
そこのところを継承できたフレームを持ったコンテンツであると思う。

初音ミクも近い構図があった、
でも、東方のが徹底していた。


東方は、そう簡単にはおわらない。

コメント

非公開コメント

トラックバック